インタビュー|地域で交わされるコミュニケーションが、人間力を育む。「子どもたちが夢と向きあい、夢をチカラにできるように」~白井くみ代さん

 

地域で交わされるコミュニケーションが、人間力を育む。
「子どもたちが夢と向きあい、夢をチカラにできるように」

NPO法人センター・オブ・ジ・アーツ理事長/白井 くみ代(しらい くみよ)さん

くみ代さんは、大学1年生の娘さんを持つお母さん。中央区に住む子どもたちが夢と向きあえるよう支援するNPO法人「センター・オブ・ジ・アーツ」の理事長を務めています。娘さんが幼い頃からPTAに参加し、地域と子どものつながりを築く活動に取り組んできました。人生の転機にどう向き合い、どんな変化があったのか、また今後やりたいことについて伺いました。

 

子どもの夢と未来を、地域の人々と共に支える

― あなたにとっての人生の転機は?

娘がお腹に宿り、子育てをスタートしたことです。そこから自分自身の人生が大きく変化しました。

現在私は、NPO法人「センター・オブ・ジ・アーツ」の代表を務めています。センター・オブ・ジ・アーツでは子どもたちに向け、「夢と向きあい夢をチカラに未来を培(つちか)えること」を目的に、将来の夢を絵に描くイベントや、就きたい職業人との交流、職業体験イベントなど、キャリアデザインの出発点として楽しみながら学ぶ場を提供しています。子どもたちの描いた夢の絵を企業のアート素材として活用し、CSR活動に結びつく企画提案なども実施。他にも、中央区でさまざまな活動をしています。

私の出身は大阪で、中学、高校、大学は京都で過ごした後、漫画家としてデビューしたのを機に上京しました。新宿区や港区に住み、出産を機に今も住み続けている中央区へ移住。私の人生の中で最も長く過ごしている場所となりました。

中央区で子育てをスタートさせたのは、娘がお腹にいた19年前。そして初めて地域と深く関わりを持ったのは、娘の幼稚園でのPTA活動でした。子どもを育てる環境づくりにおいて、最もマンパワーの需要が高く、地域貢献や教育支援ができると思い、参加し始めました。

また、PTAを通じて、お母さんたちの間にあったヒエラルキーやグルーピングを解消したいという気持ちもありました。当時は親の都合によって、無関係の子どもたちまで棲み分けられている状況も見受けられて。これに納得ができず、縦横無尽にコミュニケーションを図れる環境を作りたいと思ったんです。

私たちが住む地域は幼小一貫教育だったため、幼稚園から引き続き、小学校入学後もPTAに携わっていました。保護者と学校の間では日々、改善要望などのやり取りがされるものですが、時には齟齬(そご)が生じてしまうこともあり、ネガティブな方向に向かうことも少なくありません。そんな中で私たちは双方の仲介役として、互いの意見をフラットに交換できる関係構築にも努めていました。

PTA に携わることで中央区 PTA 連合会に属し、広く子育ての需要や課題が見えてきました。そこで子どもたちのために企画しようと発案したのが、現在の活動につながる、夢を「描く」というイベント。子どもたちが自分の将来の夢に向きあい、それを実現するためのステップを描き出すというものです。

そのイベントをより楽しくして、なおかつ子どもたちの地域理解を深めるために、中央区新川公式キャラクター「新川多幸八(しんかわたこはち)」も考案しました。もともと漫画家であり、グラフィックデザイナーとしても活動する自分のスキルとみんなの力を合わせて、「地域や学区を超えるボーダーレスなキャラクターとして愛されてほしい」という願いのもと作りました。

東京都助成事業をきっかけに、多幸八の着ぐるみを作ることもでき、さまざまな行事の盛り上げ役を担わせてもらっています。
お祭りをはじめ、地域の行事へ積極的に参加することも、子どもたちの地域愛や地域に貢献する心につながっているのではないでしょうか。地域に住む老若男女と関わることで、学業だけでは養われない、人間力や生きる力を身につけられていると感じています。

こうした活動がフックとなり、地域支援を教育に活かすNPO法人を2017年に設立し、6周年を迎えます。イベントが活動の中心でしたが、コロナ禍を逆手にとり中央区文化推進事業助成をうけ、知識欲や好奇心を育むための子ども番組「すくすくキッズキャリアちゃんねる」の企画・制作、中央区後援の公式 YouTube チャンネルの配信、東京ベイネット TV(地上波 11ch.)での放映をスタートしました。

センター・オブ・ジ・アーツでの活動の様子


自分で夢を見つけ、自らつかみに行く娘から勇気をもらった

― その後、どんなことが変わりましたか?

この春、私の娘が夢を叶えるための新たな一歩を踏み出しました。彼女は幼稚園の頃から小学校の先生を目指していて、高校生になってもその夢は変わることなく、卒業後の進路を決める際に「大学で小学校の先生を目指す」という道を選択したんです。

夢をチカラに、希望する大学へ進み、現在は幼少教育に従事できるよう頑張っています。幼い頃からさまざまな経験をし、たくさんの選択肢の中から自身で将来の目標を決めて、ここまで歩んできてくれたことを、心より嬉しく思っています。

夢を貫き通し、努力し、自己成長する彼女こそ、センター・オブ・ジ・アーツが目指す姿だと感じています。自分たちが積み重ねてきた活動が、子どもの夢の実現につながるということを、娘自身が体現してくれているような気がします。何より目標にひた走る彼女の姿勢は、私に勇気を与えてくれます。

もともと保護者同士、学校と保護者、地域と学校の関係性を良い方向に変えたいという想いから始まった活動も、今や娘を含む多くの人々の夢を支える場となっていると実感しています。娘の姿を通じて、未来への希望や努力の大切さを、身をもって感じました。

現在私は「特命ティーチャー GSH(オリジナル呼称)」として、小学校で学習指導補助員も務めています。

子どもたちとのコミュニケーションにおいても、自身のルーツでありセンターオブジアーツの軸である、“絵”による自己表現で、心のつながりを築いています。こちらが絵を描くとすごく喜んでくれて、心を開いてくれるんです。その姿を見るのが本当にうれしいですね。

また支援対象児童の親御さんのお話を聞いているうちに、「気が楽になりました」と言ってくださることも。少しでも肩の荷物を軽くするお手伝いができているのかと思うと、特命の甲斐を感じます(笑)。

学習指導補助員の活動を機に、年末から来年にかけて、新たなイベント「ユメカケルミュージアム」を開催する予定です。健常と障がいのボーダーフリーを目指したイノベーションをコンセプトに掲げ、「叶えたい夢」をテーマに、作品を募集します。実は今年の2月にある児童館で、2月22日を子どもたちの夢の日とすべく「ユメカケル222」としてイベントを開催しました。そこで事例を作れたことで、今年度から行政のサポートを受けて、規模を広げて開催できることになったんです。今後も継続して、子どもたちが夢と向きあう機会を作っていきたいですね。

 

親の笑顔が、子どもの幸せになる

― これから、やってみたいことはありますか?

最近は生成AIの誕生やコロナ禍を経ての急速なリモート化などにより、リアルなコミュニケーションが減りつつあります。新しい技術を知ることはもちろん大切ですが、それだけでは人間力は培われないと思うんです。私自身、大阪や京都、東京と、カラーの異なる場所に住んだ経験から、その地域特有のコミュニケーション方法を学び、自分なりに昇華してきたつもりです。ですから、デジタルツールだけに頼るのではなく、人同士の心の触れ合いにもこだわっていきたいです。

中央区は、続々と若いファミリーが転入しており、さまざまな世代が共存する街。この中で、歴史や文化を次世代に継承しながら、子どもや若者に地域愛を育む仕組みづくりをしていくことが重要だと感じています。江戸的で、地域に住む人々の根付きが深い場所でもあるため、地域の行事を通じた人同士の交流が行き交っている。こうした環境は、子育てにも確実に良い影響を与えています。子どもたちが育つ上で良い環境を作るために、行政に頼るだけでなく、私たちのようなNPO法人が行政や地域との相互扶助のもと、協働していきたいですね。

人の心を動かす人間になるためにも、子どもたちが持つ可能性を広げるためにも、知識だけでなく感性を育んでいくことが大切だと考えて、活動を続けていきます。

これだけコミュニケーションの重要性を語っている私ですが、実は幼少期は、読書ばかりしていて、人と話すのは苦手な子どもでした。しかし、さまざまな本に触れることで培われた創造性や表現力を、その後自分のコミュニケーションツールへと変換し、強みにしてきました。

自身の経験で積み重ねたクリエイティビティ、コミュニケーション能力、そしてたくさんの仲間の協力によって、子どもも大人も楽しめるコンテンツづくりに注力していきたいですね。そして、地域の活性化と子どもたちの成長を支援し、共に未来に向かって歩んでいきたいと思います。

 

― ママたちへのメッセージをお願いします。

子育て期間はあっという間に過ぎていきます。だから、世の中のお母さんたちには、子育てを思いきり楽しんでほしい。時には愚痴やストレスを吐き出しても構わないと思います。そうすることで、また楽しく子どもと接することができるなら、息抜きする場も大切です。子どもだって、笑顔になっている親を見て幸せを感じるはずですから。

子育てをしてきて感じるのは、子どもも一人の人間だということ。子どもの年齢と自分の親年齢は同じだと認識して、対等な関係を築いていかなければ信頼を得られません。辛いことがあっても、視点を少し変えることで、物事は良い方向に進んでいくでしょうし、壁も乗り越えられると思います。もし、それでも泣きたくなったり、苦しくなったりしたら、私にご連絡ください!(笑)

わたしと街のつながり
中央区とのかかわりは?

19年間住んでいます。

この街の好きなところ
運河が多いところが好きです。お堀や川が至るところにあり、水の流れを見ているだけで、心が浄化できるような気がするんです。私の出身地である大阪にも淀川がありますし、父も海や川が好きだった影響なのかもしれません。
おすすめのスポット
「ここ」という場所はないのですが、江戸時代に大きく発展を遂げた中央区は、意外と史跡が多いエリアです。なので、歴史を感じ取れる場所が好きですね。慶応義塾大学の発祥の地である明石町にもひっそりと石碑が立っていますが、街を散歩しながら歴史的背景を辿ることができるのは、中央区の魅力だと思います。
 
わたしの子育て
わたしの家族

夫と娘と3人で暮らしています。(※2023年7月時点)

子育てで大切にしていること
子どもが笑顔でいられるようにすること、対等の人間として接することです。朝起きたら必ず挨拶、出かけ際のハグなど、スキンシップやコミュニケーションも、盛んに取る家族だと思います。子どもにとって拠りどころでいられるよう、接しています。
子育て生活での失敗談
小さな失敗談はいろいろあります。美術館で、幼い娘とはぐれたと思い、夫婦であわてふためいて探していたら、結局はぐれたと思った場所に娘がいた、とか(笑)。親の方が冷静でいられなくなってしまうんですよね。でも何が起きてもあまり失敗だと捉えずに、前向きに子育てをしてきたと思います。

 

■ 経歴 ■ 白井くみ代(しらい くみよ)さん
 同志社女子中学校/高等学校を経て、京都芸術短期大学に入学。高校時代よりイラストレーターとしての活動を開始する。大学卒業後は、グラフィックデザイナーとして従事、その後漫画家としての活動を契機に上京。総合的なクリエイティブワーク(コンセプトプランニング・イラストレーション・グラフィックデザイン・テキストライティング……等々)を手掛ける『中井久実代事務所』を始動。2004年に結婚、女児を出産。パブリックシーンにおいては婚姻後の姓名で「白井くみ代」、クリエイターネーム屋号として「中井久実代」を使い分け、活動を展開する。

NPO法人センター・オブ・ジ・アーツ 理事長

中央区青少年対策京橋八の部地区委員会 理事
中央区子どもフェスティバル実行委員
中央区キンボールスポーツ連盟 理事 スポーツ評議委員

中央区立明正幼稚園 平成22年度 PTA副会長
中央区立明正小学校 平成24/25年度 PTA副会長
中央区立明正小学校 90周年実行委員会

NPO法人センター・オブ・ジ・アーツ公式サイト
中井久実代公式サイト

 

―編集後記―

くみ代さんは、話しているだけでこちらもエネルギーが湧き出てくるほど、パワフルな方です。そのパワフルさは、地域のため、そして子どもたちの未来のために貢献し続ける情熱を感じさせます。そしてくみ代さん自身が、その活動思いきり楽しんでいることが伝わってきました。その情熱にあふれた姿勢こそが、地域をより良くし、子どもたちにとって住みやすい街づくりを担っていくのだと感じました。

2023年7月取材