インタビュー|双子を産んで初めてわかった「多胎児ママの“生きづらさ”」 多くの人に気づいてもらうため、声を上げ続けたい〜 秋澤 春梨さん


双子を産んで初めてわかった「多胎児ママの“生きづらさ”」
多くの人に気づいてもらうため、声を上げ続けたい

歌手・リバーサイドツインズ代表/秋澤 春梨(あきざわ はるな)さん

春梨さんは、3歳の双子の女の子のママ。貿易会社に勤めながら声楽家として精力的に活動していた生活が、双子を妊娠したことで一変しました。不安で押しつぶされそうだった時期を乗り越え、今は笑い飛ばせることもたくさんあると語ります。人生の転機にどう向き合い、どんな変化があったのか、また今後やりたいことについて伺いました。

 

双子を授かって。不安を抱えた妊娠期、困難と戦い続けた乳児期

― あなたにとっての人生の転機は?

ずばり、双子を妊娠・出産したことです。

音大の声楽科を卒業した私は、貿易会社に勤務しながら、歌手としてステージに立ち、音楽教室でボイストレーナーとしても活動していました。ほかにも長期の休暇を取って海外旅行に行くなど、好きなことをしながら自由に生きていたんです。そんな日々の中、2017年の夏に妊娠が判明。それが「双子」だとわかった時は、「嘘でしょ!?」というのが夫婦の正直な気持ちでした。自分の家系に双子はいなかったので、全くの想定外だったからです。

双子をお腹に宿してから、生活が一変しました。もちろん単胎妊娠も無事に出産するまで不安はつきものだと思いますが、多胎妊娠は合併症や早産のリスクがさらに高いのです。検診の回数も通常より多く、よく「双子に“安定期”はない」なんて言われています。また、私の場合は妊娠初期に医師から「双子のうちの一人の発育が思わしくない」「一人だけ無事に育たない可能性がある」と言われました。その見解は出産直前まで変わらず、一人しか育たなかったらという前提の話をされるたびに、私は鬱になりそうなほど落ち込んでいました。とにかく二人を無事に産んであげたい一心で、栄養面の工夫など、できることは全てやろうと必死だったのが妊娠中の思い出です。楽しいマタニティライフは夢のまた夢でした(笑)。

それが実際生まれてみると、3000gと3512gの元気な双子!むしろ母体の回復に時間がかかってしまい、助産院に母子ともに転院して、子どもたちの1ヶ月検診を終えたタイミングでようやく退院することができました。

生後すぐ、次女に単純性血管腫という先天性の疾患が見つかりました。治療で都内の病院を回るためバスに乗ろうとしたある日、「双子ベビーカーはたたまないと乗車できない」と言われ、これが衝撃の始まりでした。外出中の授乳も、病院の授乳室でさえも、大きな双子ベビーカーは入れない。首が座っていない時期は“おんぶ&抱っこ”もできない。ダブル抱っこでは前が見えないため危険。双子とその親であることにより、次々と困難に直面しました。

特に不便さを感じたのが、双子の次女の先天性疾患の治療のときです。通常、生後2ヶ月から治療を開始できるのですが、治療のためには次女を3ヶ月おき4日間程度入院させる必要がありました。しかしその間、双子の長女を預けられる場所がどうしてもなかったのです。当時、夫は海外出張が多く不在がちでしたし、病院の規定により低月齢の乳児は病棟に入ることが叶いません。一時保育や乳児院を利用するしか選択肢はありませんでした。しかし次女の治療の度に長女が家族と離れ離れになることは、家族の誰にとっても幸せなことではないと考え、早期の治療を断念せざるを得ませんでした。

出産後のこの一連のできごとに、不安だらけだった当時の私は「双子とその親はこんなにも“生きづらい”のか」とさえ感じるようになってしまいました。「一人ずつ産んであげられなくてごめんね」。子どもたちに対して、そんな気持ちでいっぱいでした。

そんな頃、多胎育児についてのアンケートがきっかけで、病児保育などの子育て支援活動をしているNPO法人「フローレンス」の、市倉さんという方からお声がけいただきました。市倉さんは多胎育児で直面する問題と向き合う「多胎育児のサポートを考える会」を立ち上げており、私も当事者として参加することにしました。それまでもバス会社に出向いて双子ベビーカーに子どもたちを乗せたまま乗車できるよう交渉していましたが、この会への参加をきっかけとして、より積極的に問題に立ち向かうようになりました。みんなで力を合わせていろいろなところを回って話し合いを続けた結果、最初は5路線で、そしてついに2021年6月7日から都営バス全線で双子ベビーカーをたたまずに乗車できるようになったんです。

「多胎育児のサポートを考える会」の活動をニュースに取り上げてもらう(NHK「おはよう日本」)

双子ママたちの繋がりを大切につないでいく―――サークルの立ち上げへ

― その後、どんなことが変わりましたか?

双子・多胎児ママが孤独にならないよう、中央区・江東区の双子ママたちのためのコミュニティサークル「リバーサイドツインズ」を立ち上げました。

双子の妊娠を機に辛いことや大変なことも経験しましたが、気遣いや優しさを受け取る機会にもたくさん恵まれました。エレベーターのボタンを押してくれる、交通機関で広い席を譲ってくれる。ちょっとした気遣いが本当にありがたく、自分も優しくしてあげられる人になりたいと思うようになっていったんです。

そんな時、区の保健センターが主催していた年3回の「双子会」が、コロナ禍で中止になってしまい、「このままでは多胎児ママが孤立してしまう」と危機感をおぼえました。

多胎育児は想像以上にハラハラするもので、ママたちは日々本当に張り詰めているんです。「スマホを見せないようにしましょう」「抱っこしましょう」「対話しましょう」「(歩けるようになったら)成長のためになるべく歩かせましょう」など、育児の“理想”はいろいろ言われていますよね。でもこれらは、多胎育児に当てはめると逆であることも多いんです。複数の乳児を一度に見なくてはならず、スマホを見せないようにしすぎると子どもが落ち着いてくれなくて危ないところによじ登ってしまうかもしれない、泣いていても物理的に抱っこできないときはできない、公道を自由に歩かせると事故に遭い大怪我をしてしまうかもしれない。多胎育児にかかわらず、世のママならみんな何かしら育児の”理想”に振り回され、疲れてしまうことありますよね。多胎育児では、そこにさらに命の危険がつきまといます。多胎児のママたちはそんな状況の中、ひとりでは実現不可能な“理想の育児”と現実とのギャップを目の当たりにして、知らず知らずのうちに自分を追い込んでしまいます。

2018年に愛知県で三つ子の母(当時29歳)が次男を暴行死させてしまった事件がありました。その原因は母親の孤独や孤立だと言われていますよね。多胎児を育てながら同じ悩みを持つ同士、「理想の育児、そんなこと無理だよねー」と笑い飛ばすだけでも、楽になれることがたくさんあります。その繋がりを維持させたくて、私は「リバーサイドツインズ」というサークルを立ち上げました。活動内容はLINEでの相談や情報交換などがメインです。「手作り離乳食は無理だよ、ベビーフードばっかりだよ。ちなみにこの商品がオススメ」そんな双子ママのリアルな会話が、誰かの助けになると信じています。

また、リバーサイドツインズの実際の活動として、勝どき駅のエレベーター工事の際は、工事中でもベビーカーでの利用ができるよう、署名を集めて都市交通と中央区に直談判したこともあります。その甲斐あって、ありがたいことに中央区が駅の階段に警備員とベビーシッターを常駐させてくれることに。警備員さんにベビーカーを持ってもらい、シッターさんと保護者が子どもを一人ずつ抱っこして階段を昇り降りできるようになりました。

小池都知事との面会

多くの人たちに多胎児ママたちや育児のことを伝えていきたい

― これから、やってみたいことはありますか?

多胎児とそのママが直面している現実と課題を、多くのママたちに知ってもらう活動をしていきたいです。多胎児ママのコミュニティはとても大切な役割がありますが、それだけでは限界があります。精神的なサポートは多胎児ママ同士でできても、物理的に助けることができるのはやはり近くにいるママであることが多いからです。私が双子を妊娠するまで多胎ママの苦労を想像さえできなかったように、同じママでも多胎児ママの“生きづらさ”は知らないことも多いと思います。「子連れ歓迎」と掲げていても双子ベビーカーでは入れない飲食店がある、産院で有名ブランドのおくるみをもらったという会話に、「(多胎妊娠は産院の選択肢がほぼないため)自分の子どもたちにはしてあげられなかった」と密かに傷ついているママがいる、そんなことを知っていてくれたら嬉しいです。同じ親同士だから、知るだけでも、必要な手助けに気付いてくれやすいんです。傷つきたくなくて殻に閉じこもりがちな多胎児ママは、理解してもらえるだけで、本当に救われますから。

また、2021年の夏から夫の仕事の関係でシンガポールに渡るので、シンガポールでの双子育児の状況や子育て全般のことを発信していきたいと思っています。初の海外生活の上にコロナ対策で隔離期間があるため、子どもたちの心のケアをしつつ、その中で気をつけてきたことや、あったら嬉しかったことなどをメモしておいて、他のママたちの参考にしてもらえればいいなと思います。

― ママたちへのメッセージをお願いします。

一人じゃないよ、と言いたいです。辛いときや大変なときには助けを求めましょう、何度でも、周囲に頼ることを諦めないでください。

悩んでいる多胎児のママへ。殻に閉じこもらずに、気づいてもらえるようにもっと声をあげよう。隣のママは理解してくれないわけじゃなくて、ただ知らないだけ。傷ついて、自分を追い詰めるのはやめよう。自分が「あれ?」と思ったことは、みんなの「あれ?」でもあるかもしれない。おかしいと思ったことを、指摘したり、発信したり、行動してみよう。誰かの我慢の上に流されてきてしまっていたことを一つ一つ紐解いていくと、もっと住みやすい世の中になるはずです。

わたしと街のつながり

中央区とのかかわりは?
独身時代に2年間水天宮前に住み、出産後家族で日本橋へ来て約3年。

この街の好きなところ
綺麗なところ。道が広く坂道が少ないところ。美味しいものが多いところ。
おすすめのスポット
福徳神社。日本橋三越の屋上庭園。
わたしの子育て

わたしの家族
3歳2ヶ月の双子(女) ※2021年5月時点

子育てで大切にしていること
一緒に楽しむ。
「大好き」と「可愛い」「すごい」は多め。
子育て生活での失敗談
0歳のころ、ベビーカーで移動していて立ち止まった際、一瞬の気のゆるみでそのままの姿勢で寝てしまったことが何度もある(エレベーター待ちの間など)。双子の名前を間違えるのもあるある。

 

■ 経歴 ■ 秋澤 春梨(あきざわ はるな)さん
音大卒業後、歌手と会社員のダブルワークで精力的に活動。2017年夏、双子の妊娠判明。無事に出産を終えるも、双子の次女の先天性疾患の治療のための病院通いが、双子ベビーカー問題など多数の制限に直面し難航。2019年秋より「多胎育児のサポートを考える会」に参加。NHK「おはよう日本」に出演、朝日新聞へ取材協力。2020年、小池百合子東京都知事との面会に多胎児家庭の当事者として参加。2020年5月、中央区・江東区双子サークル「リバーサイドツインズ」を立ち上げ、両区併せて0〜3歳の多胎児家庭50組以上の代表を務める。

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―編集後記―

双子のママとして過酷な妊娠期〜乳児期を見事に乗り切ってきた春梨さん。とても明るくて素敵な笑顔でお話しいただいたので、その姿とハードな取材内容のギャップに圧倒されました(笑)。ママは強いけど、強いがゆえにがんばりすぎると心が疲れちゃいますよね。私も一人のママとして、多胎児ママの置かれた現状の一端を知ることができて本当によかったです。シンガポールという新天地でのご活躍をお祈り申し上げます!